ネットニュースやSNSで「育休もらい逃げ」が話題ですね。
育児休業給付金を受け取り社会保険料の免除を受けたまま職場には復帰せずに退職してしまうこと。
これに対して「制度の悪用だ」「残された同僚がかわいそう」といった厳しい声が飛び交っています。
わたしは以前企業の人事としてまさに社員の育休取得を推進したり復帰支援の制度を設計したりする仕事をしていました。
人事の立場から見るとこの問題は「個人のモラル」だけで片付けられるほど単純な話ではありません。
今回は批判されがちなこの行動の裏にある当事者が直面している現実について元人事の視点から少しお話しさせてください。
正直、企業や同僚が「怒る」気持ちもわかります

まず、なぜここまで「もらい逃げ」という言葉が強い批判を浴びるのか。人事として働いていた経験から言うと会社側の言い分も痛いほどよくわかります。
日本の育休制度は基本的に「復帰すること」を前提とした信頼関係で成り立っているからです。
実際に第一子出産後の女性正社員の育休利用・就業継続率は約75%まで上がっています。
(出典:厚生労働省 第一子出産前後の妻の継続就業率・育児休業利用状況)
多くの人が制度を利用して復帰しているからこそ復帰直前の退職は「裏切り」のように感じられてしまう。
「給付金だけもらってズルい」 「これから育休を取りたい後輩たちが白い目で見られる」
第三者ならそんなふうに思ってしまう気持ちはわかります。
でも本当に「ズル」をしたかっただけ?

退職を選んだ人たちが最初から「タダでお金をもらって辞めよう」と悪だくみをしていたかというと現実はそうではないことがほとんど。
私が相談を受けてきた中でも多くのパパ・ママたちは「辞めざるを得ない事情」に追い詰められていました。
そこには個人の努力ではどうにもならない壁が存在します。
1. 保育園のジレンマ
最も深刻なのが保育園と就労の「鶏と卵」の問題です。
- 今の会社には物理的に通えない。あるいは条件が合わないので転職したい。
- でも「就労証明書(職があること)」がないと保育園に入れない。
- かといって「保育園が決まっていない(預け先がない)」と新しい会社に採用されない。
この状況を打破するために唯一残された道が「今の会社に在籍したまま(復職前提で)保育園に申し込み決まったタイミングで退職して転職する」という方法。
これは制度の攻略のように見えますが、そうしないと「働くこと」自体が閉ざされてしまう悲しい自衛策とも言えます。
2. 復帰したくてもできない「育休後に不利な扱いを受けること」
「元の職場に戻りたくない」のではなく「戻れる環境ではない」ケースも多々あります。
ある方は上司に復帰の相談をした際に、「土日祝の出勤が必須の部署への異動」や「時短勤務の社員がどんどん辞めていっている職場」を提示されたそうです。
しかも育休から戻った人への陰口もひどくてとても安心して働ける雰囲気じゃなかったとか。
これは実質的な退職勧奨に近いですよね。子育てをしながら働き続けられる環境が用意されていないのに「復帰しないのは無責任だ」と責めるのはあまりに酷な話。
3. 予期せぬ「お子さんの病気や障害」
忘れてはならないのが出産後の予期せぬ事態です。 育休に入る前は「1年で戻ります!」と元気よく宣言していたとしても人生は何が起こるかわかりません。
出産後にお子さんに障害が見つかったり慢性的な病気で長期的なケアが必要になったりするケース。
一般的な保育園では医療的ケアが必要なお子さんや集団生活が難しいお子さんの受け入れ先は極めて限定的です。
「働きたいけれど預け先が物理的に見つからない」「今はそばにいてあげないといけない」という状況で泣く泣く退職届を出す。
これを「計画的な悪用」と呼ぶのは、ちょっと違うんじゃないかなと思います。
これは「逃げ」ではなく「戦略的撤退」

「乳児を抱えての転職活動」は想像を絶する厳しさがあります。
実際、高いスキルがあっても「生後数ヶ月の赤ちゃんがいる」というだけで採用を見送られるケース。
それでも今の会社を辞めるという決断をした人たち。 私はこれを「もらい逃げ」というネガティブな言葉ではなく自分のキャリアと家族を守るための「戦略的撤退」と呼びたいと思います。
泥船のような環境にしがみついて沈んでいくよりも制度期間中にスキルを磨き次に進む準備をする。
それは変化の激しいこの時代を生き抜くために必要な「賢さ」でもあります。
これからキャリアを築くあなたへ

もし今、あなたが「将来、育休を取ったら迷惑をかけるかな」と不安に思っているなら、これだけは伝えたいです。
あなたは何も悪くありません。
「もらい逃げ」という言葉が生まれてしまうのは個人のモラルの問題ではなく「一度レールを外れると戻りにくい社会」や「子育て社員に過度な負担を強いる企業風土」の問題。
大切なのは周りの声を気にしすぎることなく「自分と家族が笑顔でいられる選択はどれか?」をいちばんに考えてほしい。
そして企業側も「制度があるから感謝しろ」ではなく「戻ってきたいと思える魅力的な職場かどうか」を問い直す時期に来ているのだと思います。
人生の長いキャリアの中で育休期間はほんの一瞬。 どうか自分を責めずにあなたらしい働き方の作戦を立ててくださいね。

